HOME > 法人概要

ごあいさつ

新しい時代に向けて、新しい日本語教育を。

浜松日本語学院・沼津日本語学院は、日本の真ん中に位置する静岡県にあります。静岡県は、「スズキ」「ヤマハ」「ホンダ」の自動車関連の大きな企業など機械産業の工業地でもあり、富士山がある風光明媚な観光地でもあります。
本校は開校以来35の国と地域からの留学生を受入れてきました。彼らは日本の大学、大学院、専門学校に進学し、地域企業や母国の日系企業などに就職をし、それぞれの場所で大活躍をしています。また、私たちの教育活動は、学生たちに寄添いながら地域社会と繋がるために次の5つの大きな特徴をもっています。
一つ目は、日本語で自分の考えや想いを伝える力、考える力、語り合う力を身につけ、人と社会とつながる力の育成。
二つ目は、日本での生活を様々な場面においてサポートし、学生個々にきめ細かに指導する「面倒見の良い学校」。
三つ目は、難関大学等を目標にした日本留学試験対策講座やインターンシップと連動した介護日本語等の専門分野講座。
四つ目は、地域企業や社会福祉法人等と連携し、奨学金制度を充実させた高度人材育成プログラムの実施。
五つ目は、静岡理工科大学や浜松未来総合専門学校等のグループ力を活かした、ビジネス、観光、コンピューター、介護等の一貫教育。
等を行っています。そして、校舎内には日本語教師を育成する課程、日本語教育の研究機関を設置し、行政、企業、教育機関等とさらに連携を深めながら、新しい共生社会を創造し、地域社会、そして世界で貢献できる人を育てています。
入学生の皆さんが自身の目標をひとつひとつ達成し、様々な人や社会と繋がりながら夢をかなえる留学生活であることを願ってやみません。

浜松日本語学院 校長 竹下知宏
浜松日本語学院
校長 竹下知宏
沼津日本語学院 校長 大石正昭
沼津日本語学院
校長 大石正昭

建学の精神「技術者の育成を持って地域社会に貢献する」のもと歩み続ける静岡理工科大学グループ

静岡理工科大学グループ沿革

昭和15年 (1940) 5月 静岡県自動車学校開設。
昭和31年 (1956) 4月 静岡県自動車学校に整備科を設置。
昭和38年 (1963) 4月 静岡県自動車工業高等学校開校。
昭和45年 (1970) 7月 静岡県自動車学校から静岡産業技術専門学校を分離開設。
昭和52年 (1977) 6月 星陵高等学校がグループ校に加入。
昭和55年 (1980) 4月 静岡県自動車工業高等学校を静岡北高等学校に校名変更。
昭和58年 (1983) 4月 沼津情報専門学校開校。
昭和59年 (1984) 9月 静岡文化専門学校がグループ校に加入。
昭和60年 (1985) 4月 浜松情報専門学校開校。
平成2年 (1990) 7月 学校法人静岡県自動車学園より学校法人静岡自動車学園が分離。
平成2年 (1990) 12月 学校法人静岡県自動車学園を学校法人静岡理工科大学に改称。
平成3年 (1991) 4月 静岡理工科大学開学。
平成8年 (1996) 4月 静岡理工科大学に大学院を開設。
平成9年 (1997) 4月 静岡文化専門学校を静岡デザイン専門学校に校名変更。
平成20年 (2008) 4月 静岡インターナショナル・エア・リゾート専門学校、静岡デザイン専門学校  浜松校開校。
平成22年 (2010) 4月 静岡北中学校開校、 沼津情報専門学校を沼津情報・ビジネス専門学校に校名変更。
平成23年 (2011) 4月 星陵中学校開校。
平成23年 (2011) 4月 静岡デザイン専門学校浜松校を専門学校 浜松デザインカレッジに校名変更。
平成23年 (2011) 10月 浜松日本語学院開校 (収容定員100名)
平成26年 (2014) 4月 浜松日本語学院 収容定員増 (150名)
平成27年 (2015) 4月 浜松日本語学院 収容定員増 (225名)
平成29年 (2017) 4月 沼津日本語学院開校 (収容定員100名)
平成31年 (2019) 4月 浜松日本語学院 収容定員増(337名)
令和3年 (2021) 1月 浜松日本語学院 新校舎竣工(地下1階、地上8階)
令和3年 (2021) 4月 沼津日本語学院 収容定員増(150名)
to the top